田中邦衛フィルモグラフィ 2

その4 「イパネマの邦衛」

最近、俺のお気に入りの音楽はボサノバだ。
似合わねぇのはわかってんだよー。
中でもナラ・レオンってー女性シンガーがいい。
彼女は裕福な家庭のお嬢さんで、お袋さんが芸術に理解があって、まあパトロンだ、自宅のサロンにアーチストが集まりそこからボサノバが生まれたとかいう環境で育った。
彼女はそんな空間のマスコットガールだったわけだ。
俺は窯元のボンで、東濃のサンドイッチマンだから似てるだろ。似てねーよ!
でも彼女はお気楽なボサノバの世界に納得できなかったんだな、もっと社会の現状を訴えるみたいなことに関心があったらしい、平たく言えば、アカに走ったってところだ。
時代を問わず、場所を問わず、純粋な正義感をもった裕福な家庭の子供がアカに走るのはよくあることだ。
で、反ボサノバを旗印に政治運動に関わり、フランスに亡命なんていう人生を送った。
そんな右往左往したあと、彼女が行きついた境地は昔のサロンで聞いたボサノバだったっていうのが、かなり乱暴だけど彼女の歩んだあとだ。
もっとも俺はポルトガル語はわかんねーし、そんないい耳ももってねーから、彼女のプロテストソング時代の歌も、ボサノバの範疇に入るんじゃねーかとしか思えないというのが正直なところだ。
サンバとか土着的な音楽を取り入れたらしいんだけど、アーティストなら、思想的なことを抜きに色々なものを取り込んで発展していくもんだという気もするしな。
ボサノバを作った人達は理想と現実ってーもんをわかってたんだと思うな。
「二十歳で左翼じゃないのはバカだが四十になっても左翼なのもバカだ。」の一つの例としてあげてみたが、レコードの解説なんぞから、独断で判断したもんでもあるから、間違ってるかもしれない。そこは許してくれ。だるくなったんで続きは次回ということで、終わり。

その5 「邦衛の孤独」

邦衛の与太話もそろそろ飽きがきたころだと思うけど、あと少しの辛抱だ。
いいのか悪いのかしれねぇーけど、やりだしたことにはケリをつけねぇーと気持ち悪ぃ性分なもんで、まあこらえてくれや。
俺はしつこい男なんだよ。
いつも前置きが長げぇーから、今日はいきなり本題に行くか。
今日の映画は「仁義の墓場」だ。
主演は渡のテッチャン(渡哲也)で、監督は深作の欣さんだ。時代劇じゃーねーぞ。
この映画自体は、この世界じゃ名作に入るもんだが、主人公のテッチャンが純粋によかれと思ってやっていることが、大人の世界ではそんなことばかりでは通用するはずもなく、逸脱を繰り返し、帰還不能なくらい実社会とかけ離れ最後は自殺して終わるという、まあ一言で言えば後味の悪い映画だな。
ドヤ街でパンスケとシャブを打って、うつろな顔をしたテッチャンが印象的だ。
俺の役は完全にいかれたシャブ中だ。
テッチャンと二人夜行列車に乗って大阪に向かう。
このとき、俺達は荷物棚に寝転んでいるんだ。
東京、大阪間、荷物棚は疲れるぜ。実際乗ったわけじゃないけどな。
俺はヤクが効いてる間は凪いだ湖のように静かで死んでるかのようだが、ヤクがきれたとたん発狂して暴れ、警官に撃たれる。
これを見た青少年はドラッグなんかに手を出すのは止めるだろうな。
もっと啓蒙教育に使ったらどうだろう。
最近の映画ってーと、ドラッグはカッコイイという印象を与えているとしか思ぇーねのばかりだ。俺の姿を見れば、みんなドラッグなんかやめちまうよ、ぜんぜんかっこよくねぇーからな。
この映画見てみたいなんていう人がいるのかどうかはわかんねーけど、この頃、俺が顔を出している映画は東映ばかりで、東映って会社は自分の映画の観客には女性はいないものと思って製作してるから、そこのところは覚えておいてくれ。
決して幸せな時には見ないよーに。

その6 「邦衛は飛んで行く」

「邦衛さん、今度の仕事決まりました。」
「また、東映のやくざ役か。正直、もう東映はいいんだよー。」
「いいえ、今度は松竹から仕事をもらってきました。」
「そうか。おめぇもなかなかいいジャーマネになったじゃねーか。で、何の映画だ。」
「『八つ墓村』です。」
「何だよ。八つ墓村って。」
「金田一耕助物だそうです。」
「そうか、俺が金田一か。やっと俺にも主役の話がきたか。」
「いいえ、松竹だけに金田一は渥美清だそうです。」
「なんだよ、寅次郎かよ。じゃ、”犯人はこいつだ”しか言わない刑事か。
 あいかわらず、お笑い担当の脇かよ。みんな俺のことわかってねーな。」
「それは加藤さん(加藤武)の専売特許ですから。横取りはできませんよ。」
「じゃ、何の役なんだよ。」
「とりあえず、スタジオに来てくれとのことです。」
             撮影当日
「田中さん、おはようございます。」
「おはようさん。」
「早速ですが、これに着替えてください。」
「何だよ。鎧じゃねーか。こいつは現代もんじゃねぇのか?」
「田中さんは、八つ墓村と呼ばれる所以となった回想シーンのみの登場です。」
「で、本(脚本)は?」
「脚本は無くていいんですよ。」
「はあ?」
「本番5分前急げ!」
「早く着替えてください、とりあえず。」

助監督に急っかれて俺はスタジオに入った。

結局、ことの真相はこうだ。八つ墓村の所以ってーのは、戦国時代の落ち武者を村人が恐れ、宴会と称して招待した酒盛りの場で惨殺して、その墓が八つあるって所で、映画の中身はその言い伝えを利用した殺人事件だ。
で、俺の役は、村人に殺される落ち武者の一人だった。
セリフもない。本もいらないわけだ。
切り落とされた俺の首が水平に飛んでいくのを特殊撮影で見せるのが山場だ。
て、ちょっと待ってくれよ!
仮にも俺は青大将なり東映のやくざ役なりこれまで結構キャリアを積んできてるんだぜ。
それが、セリフのない殺されるだけの落武者の役とはどういうわけだ。
松竹は俺をなんだと思ってるんだ。
その前にこんな役を引き受けた田中邦衛は何を考えているんだ。

邦衛の首が飛んで行く。首が飛んで行っては話もできねぇ。みなさん、そろそろアディオスだ。
その後、松竹とは山田洋二の映画を通し和解したのはみなさんも知ってのとおり。
それじゃ、あらためてアディオス。
おれはラテン系なんだよ。

      どこまでも続く青い空
      ポツンと黒い点
      邦衛の首
      飛んで行く
      どこまでもどこまでも
      果てしなく
      邦衛の首
      ぐるぐると回転して
      青い空
      飛んでいく
      明日に向かい
   BGM 『コンドルは飛んで行く』

更新日2006年3月11日更新
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