少年ドリフ2

父さんとの思い出は、軽井沢の雑木林の一本の大木の幹に今も刻まれている。
あれは梅雨が上がって間もない頃のある日曜日の朝のこと。
あの朝、僕と父さんは近くの雑木林へ虫取りに出かけ、途中、大木の根元で腰をおろした。
初夏の初々しい木漏れ日が父さんの眼鏡に反射した。
眼鏡の奥の父さんの目はただ優しかった。

僕は暗い気持ちで学校から帰った。
「ショーン、お帰り。」
家にいる父さんが僕に声をかけた。
「今日のおやつは父さん特製のシフォンケーキだ。早く手を洗って食べなさい。」
昼から家に父さんがいる。
そう僕の家では、母さんが働きに出かけ、父さん料理や洗濯をする。
みんなの家と逆なのだ。そして、それが僕を暗い気持ちにさせた原因でもある。
僕は友達のようには、父さんを誇ることができない。だって料理や掃除だけしている父さんなんて全然格好良くない。それに、いつも皆にからかわれてばかりだ。
「いらない。」
僕は父さんの顔を見る気がせず、ぶっきらぼうに答えると、そのまま部屋に引きこもった。

「ヨーコ、ショーンの奴がおかしいんだが、学校で何かあったのかな?」
「クラスメイトにいじめられてるみたいなの。」
「やはり、ハーフっていうのはいじめられるのか?」
「違うわ。あなたが専業主夫だからよ。こんな田舎では理解されるものではないわ。」
「専業主夫の何が悪い。」
「ほっとけばいいのよ。」
「そうは言っても、このままにはしておけないだろう。」
「そうね。ショーンにとってあなたが皆に自慢できる父さんであればいいんじゃないかしら。」
「なるほどね。」
父さんと母さんが話している時、僕は居間でテレビを見ていた。
見ていたのは全員集合だ。最近、学校では東村山音頭を踊るのが流行っている。
志村けんは今日は三丁目音頭を歌った。僕はどちらかというと腰に白鳥をつけたバレリーナ姿の一丁目が一番好きだ。それはきっと母さんの仕事に似ているからだ。
「ショーン!あなたまた全員集合なんか見て!止めなさいというのがわからないの!」
「見ないと、月曜日、仲間はずれにされるんだよ。」
「ヨーコ、別にいいじゃないか。君の立場であまり保守的なことを言うもんじゃないよ。」
「それとこれは別よ。くだらない。」
「この人たちはそんなに悪い人じゃないよ。」
「父さんは、チョーさんやカトチャンを知ってるの?」
「ショーンはこの人たちが好きなのかい?」
「僕だけじゃないよ。クラスの皆が好きだよ。」
「そうか。」
父さんは質問には答えずに、そう切り返すと黙って書斎へと消えて行った。

日曜日。僕は父さんとキャッチボールをするか虫捕りをするのが、その頃の習慣となっていた。
「ショーン、今日は虫取りだ。雑木林に行くよ。」
僕は昨日の気分をまだ引きずっていたが、断る理由も思い浮かばなかったので、黙って父さんについて行った。父さんは脇に見なれない古いアルバムを抱えていた。

「ショーン、座りなさい。」
父さんはいつも休憩をする時に座る大木の下に着くとそう言った。
僕は父さんと並んで太い根元に座った。
「ごらん。」
父さんはそう言うと、脇に抱えていた古いアルバムを見せた。
そのアルバムを覗き込んだ時、僕は一瞬、息が止まる程の驚き覚えたのだ。
そこにはドリフターズの面々と一緒に写真におさまる若い父さんの姿があったのだ。
父さんだけじゃない、最近は会わなくなったポールおじさんやリンゴおじさん、ジョージおじさんの姿もある。
次のページをめくった。そこにはカトちゃんと並んで、「カトちゃん、ぺっ!」をする父さんとポールおじさんの姿がある。
「この人から僕達は体操の演技を学んだものだよ。」
仲本工事を指差し、父さんは言った。
「この人は食べるか寝るかしかしてなかったな。」
僕は笑った。もちろん高木ブーのことだ。
「この人のリーダーシップがあれば僕達も解散することはなかったんだ。」
チョーさんを指差し、父さんは寂しそうに言った。
「ポールおじさんとは、まだ連絡してないの?」
「あの人は昨日ばかりにこだわってるからね。」
「よく分からないよ。昨日って何?」
「もう少し大きくなったら父さんの言ってことが分かるさ。」
「ふーん。」
冷静さを取り戻し、僕は興奮し本題を忘れていたことに気がついた。
再び、僕は息つく暇もない程、父さんにまくしたてた。
「父さん、これはどういうことなの?何故ドリフと父さんが一緒にいるの?でも志村けんがいないのは何故?このトリスウイスキーみたいなおじさんは誰?」
「ショーン、落ち着きなさい。そう、父さんは昔、ドリフターズと同じ舞台に立ったことがあるんだ。この写真がその時の何よりの証明だ。このトリスウイスキーみたいなおじさんは荒井注といって志村けんの前にドリフにいた人だよ。会っていきなり、“なんだバカヤロー”と言われてびっくりしたもんさ。」

僕は今、有頂天の絶頂にいた。明日、学校で友達にどう自慢してやろう。何しろ僕の父さんは、あのドリフターズの友達なんだ!こんな父さんを他に誰が持っている!
「僕、父さんが大好き。」
「ショーン、ここに立ちなさい。」
父さんはそう言うと、僕を木の幹に沿って立たせた。そしてポケットからナイフを取り出すと、ちょうど僕の身長のところで木の幹にキズをいれた。
「今の君はこれくらいだ。後、どれくらい大きくなるんだろうね。」

その時、僕はまだ聞いたことのない父さんの歌声がかすかに聞こえた気がしたのだ。

〈終わり〉

更新日2006年3月13日更新
雑兵は不定期更新です。
ご感想、ご意見などありましたら、
aficionrecord@estate.ocn.ne.jpまでお願いします。