HATE & WAR

戦争という言葉の裏返しにある平和という言葉がきらいだ
この基準でいくと日本という国は平和なんだろうけど
今の日本をいいと思う人間がどれだけいるのだろう
社会の隅のほうで、叫ばれた切実な救いの声がどれだけ黙殺されたのか
アフガニスタンの子供達がかわいそうという声もよく耳にするが
日本の子供達はどうなのか
自分の国の、平和な国の子供、それこそ自分の子供ともまともに向き合えない人間に
どうして遠い国の、戦争をしている国の、文化も風習も違う子供が救えるのか
実際、アフガンに行ったら、行ったで
金品をたかりにくる子供を前に
「よるなクソガキ!」と憎悪に満ちた言葉の一つでも吐くのが関の山だ
それともマザーテレサのような慈愛の心でもあるというのか
平和な国の叫び声を無視している自分は
遠い国の戦争の犠牲者にもなんの施しもしないだろう
それが罪なら受け入れる覚悟はできている
でも自分より先に死刑台に立たなければいけない人間は多いはずだ
そいつらの順番待ってる間に寿命もつきることだろう
思うに戦争と平和の違いなんて
不幸な人間の数が多いか少ないかぐらいのものじゃないのか
それこそ爆弾は平等だ
死において人が平等であるという意味において
そして世の中の真実は
ビルに真っ先に駆け込んだ消防士のおっさんや前線で銃を握ったアフガンの兄ちゃんが
死んでしまう一方で、ブッシュやラディンが生き残ることにあるのだろう

芸術は平和を招くのか
「ゲルニカ」のためなら人を殺してもいい勢いだ
でもピカソは子猫一匹のためにも「ゲルニカ」をあっさり捨てるだろう
火のあたらない場所で「イマジン」を歌って、何になる
擬似的な連帯感とちょっといい気分「おれたちっていい人じゃん。」
でも抵抗の手段としての芸術はまだまだ捨てたもんじゃないと思う
知ることにおいて
問題を喚起させる装置としての芸術
レゲエがレゲエらしかった頃のレゲエから
クラッシュの音楽から多くを学んだ
ルノワールの「世の中が醜悪なのに絵まで醜い必要はないだろう。」もありだと
思うけれども
社会問題を訴える作品からじゃなくても
どんな作品からも、そこからアンテナをひろげ学んでいけるはずだ
そう意味でやはり芸術の持つポテンシャルはすごいと思う

Hate and War - the only things we got today
憎悪と戦争 今日あるのはそんなものばかり     

更新日2006年3月19日更新
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